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創 作 加藤 良枝(会員) 昔々、一輪草が大好きな美しい「りん」という名の少女がおりました。四百年ぐらい前の安行はとても貧しい農村でした。そのころの斜面林は今のような大きな樹も少なく、春になると斜面には一面に一輪草が咲きほこり、遠くからでも、安行の斜面が一輪草で真白に見えることが知れ渡っていました。ここ数年間台風や長雨、そうかと思えば旱(ひでり)が続き、米や野菜は凶作でした。凶作の翌年は江戸から人買いが必ず来るのでした。年貢が払えず、人買いに娘を売り、年貢を支払うためです。その人買いは、辰といってこの村の人だったのですが、辰が小さい時に両親が死に、手のつけられないならず者となり村を飛び出して行ったのでした。それが人買いとしてやって来たので村の人達は大変おそれていました。辰は辰で「貧乏人の人助けをしてやっているのだ。文句があるか」という態度でした。 人買いの辰にも、誰にも言えない秘密が一つありました。辰が、春この村に来るのには理由があったのです。辰のおっかあは一輪草が大好きでとても優しいひとでした。辰が小さい頃、おっかあは辰をおんぶして、一輪草を見に行ったのでした。あの頃のおっかあのあの背中の温かさと一面の一輪草が瞼に焼きついているのでした。大好きなおっかあも、ちゃんも、辰が物心つくころには、流行病(はやりやまい)で死んでしまいました。 三年続きの凶作に、りんも売られてゆくことになり、ちゃんもおっかあも「りん、すまねえ。五年辛抱してくれ」と涙ながらに詫びるのでした。でもりんは、病気で帰された娘は何人か知っているが五年で元気に帰って来る娘は一人もいないというぐらいはなんとなく知っていたのでした。 人買いの辰は、大声で「おっかあよ、いつまでも泣いているんじゃねぇよ」とりんをせき立てる。りんは「おっかあ心配するな、おらちは一生懸命働いてきっと五年で帰って来るから」とまだ数え年で十歳(とう)というのに、きっと辰をにらみつけ、振り向きもせず歩き出しました。しばらく歩いてりんは、もじもじしながら「人買いの辰よ、一つたのみがあるんだ」と言うのでした。辰は「小さいあまにしては、度胸がいいじゃねえか。人買いの辰にたのみ事をするなんざ、聞いてやろうじゃねえか」と辰はにやにやしながらかがみ、りんのほっぺたをつねった。 りんは、「江戸に行ったら安行の一輪草は二度と見られねえかも知れねえ。だからお願いだから、おらちの大好きな一輪草を見てゆきてえんだ・・・」と辰をじっと見上げ懇願するのでした。辰は、「おめえも一輪草が好きなのか」とりんを見つめた。「辰っあんも好きなのか」と少し安心したりんであったが、辰は見すかされた心を取りつくろうと顔を真赤にして「うるせえ。あんなちっぽけな花なんて大きらいだ」とうそぶくのが精いっぱいだった。 それから十年の歳月が過ぎたが、りんの姿は村にはなく、風のうわさではりんによく似た女郎が投げ込み寺に投げ込まれていたとか。 そしてそれから数年が過ぎた春のこと、今年も斜面一帯に一輪草がみごとに咲きました。一輪草の花野の片隅に一心に経をとなえ足早に立ち去る旅の僧をみかけたとか・・・・。 四百年ぐらい前はこんな現実もあったかも知れません。歴史の襞(ひだ)の中に埋もれてしまい忘れさられたお話です。 純愛の 物語秘め 一輪草 良枝 * 「歩み みどりのまちづくり十年史」より転載。 [ 戻る ] |
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