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権之丞翁の墓と碑 埼玉県指定・史跡安行苗木開発の祖 吉田権之丞の墓
安行(あんぎょう=川口市安行)の地名は、「新編武蔵風土記稿」によると、かつて、中田安斎入道安行という人の領地であったために、名づけられたとされている。この安行の地の植木栽培の起こりは、今から300年余りの昔、承応年間の頃、吉田権之丞によって始まったと言われている。
吉田権之丞の人となりについては、文献・その他の資料がないのではっきりとしていない。権之丞は、若いときから草花や盆栽に趣味を持ち、珍しい草木を集めて栽培したところ、土質・風土に適合しその生育がよかったので、これらの苗木の開発に当たったという。その頃の江戸は、経済の発展。人口の増加、明暦の大火の復興などの関係から活動的な消費都市となっていた。加えて、新しい風流を好む元禄時代を迎え、植木の需要は増していた。 権之丞は、たまたま苗木や切花を江戸に持ち出して販売したところ大当たりした。この安行植木の開祖者、吉田権之丞の墓といわれるものが金剛寺=写真上左=の墓地にある。墓石は小松石でつくられた舟形で、棹石の高さ67.5センチ、中央に観音像が肉彫りされ、向かって左側に「元禄十六癸末年7月朔日」、右側に法名の「蔭清禅定門」刻まれている。=写真上右= 指定日:昭和38年8月27日 所在地:川口市大字安行吉岡1361 (出典:川口緑化センター樹里安「史跡・吉田権之丞の墓」から)
◇吉田権之丞翁記念碑 吉田翁没後300年の2002年、ゴールデンウイーク入りの4月27日、金剛寺の参道の一角に没後300年の記念碑が建立された=写真左=。山門に近く、権之丞翁の墓所のすぐそばだ。川口市の「吉田権之丞祭実行委員会」(五島淳会長)の記念事業の一つとして計画された。 「植木の開祖 吉田権之丞翁記念碑」と刻まれた碑は高さ2・1メートル、幅1・2メートルの御影石製。岡村幸四郎・川口市長の揮毫。5月4日に関係者を集めて、現地で落成・除幕式が行われたあと、裏面に、記念の銘板が埋め込まれた。 Menu || イチリンソウ | 吟行句 | 安行 | 朗読劇 | 記事 | 演出者 | 演出者2 | 夏 | リンク |