安行その昔(1)新聞は社会を映す鏡です。過去発刊された新聞は社会を反映した貴重な生きた資料であり、時代を生き抜いてきた私たちの生活史でもあります。 読売新聞社が発刊している「明治・大正・昭和の読売新聞CD-ROM」から、「安行」について記されている過去の記事を紹介します。 *おことわり 旧字体は新字体に、旧仮名遣いは今様に直すなどわかりやすく言い換えました。なお、明治初期の新聞には見出しがなく、読売新聞社が独自にタイトルをつけました。 主な記事タイトル■1883/06/15(明治16年)朝刊=安行の植木屋でラン84鉢(約3800万円相当)の盗難■1895/12/05(明治28年)朝刊=冬牡丹の中、鎮魂祭を挙行 ■1895/12/10(明治28年)朝刊=埼玉県安行の村長ら、音羽の三条公の廟に楓の木200株 公の植物振興策に感謝 ■1923/12/15(大正12年)朝刊=盆栽切花を売る ■1924/07/28(大正13年)朝刊=東武沿線の名勝 ▽西新井の大師 ▽安行の盆栽村 ほか ■1944/02/21(昭和19年)夕刊=転廃業者3000が疎開増産へ 那須と安行へ織物やさん部隊 □安行の植木屋でラン84鉢=1883(明治16)年6月15日付朝刊2面 埼玉県下安達郡安行村の植木屋八右衛門方へ四、五日前の夜、曲者が忍び入り、蘭八十四鉢この代価約三千八百円ほどの品を盗み去りしという。 説明するまでもなく、わかりやすい記事。当時の新聞は漢文調ですべてルビがふってあった。明治16年は、「文明開化の音がする」鹿鳴館が開館(11月28日)した年で、前年には「軍人勅諭」が下り、日本銀行が営業を開始した。翌17年は伊藤博文公が憲法草案に着手している。 それにしても、この「八右衛門」さんの子孫の方は、どちらにおられるのだろうか?(どら)
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