がん闘病記時には因縁を感じることもあるものだ。目覚めると、パソコンに向かい、インターネットでニュースをチェックするのが癖になっている。長年しみ込んだ、記者生活の習性なのかもしれない。 この夜もそうだった。トップニュースは「土屋・埼玉県知事が辞職を表明」。新聞社の各サイトはどう報じているのだろうか。他紙サイトをのぞく。朝日、毎日…。のぞく順番も定番化している。毎日新聞サイト。トップでやはり報じていた。次に、目にとまったのが、なぜか「きょうの注目」欄にあった「新山恒彦の胆管がん放浪記」だった。記者の体験をそのまま記事化するという、最近よく見かける手法の一つだ。 新山恒彦さんは、1947年、青森市生まれ。毎日新聞に入社し、社会部デスク、浦和支局長などを経て、現在、社会部編集委員、とある。新山さんのさわやかな笑顔の写真を見たあと、第1回は?と、連載の1回目を読む。 がんを告知された話だった。そして、あらためて、読み返すと、「著者は、数日前から体調を崩し再入院していましたが、7月11日午前7時過ぎ永眠いたしました」と記されていた。エッ、きょうは何日だっけ。別記の「人事・訃報」欄に小さな記事が載っていた。昨日朝の死だったのだ。 昨年夏にがんの告知を受けてから、今春の「千鳥が淵」の車いすでの花見まで、17回にわたる闘病生活がつづられていた。 がんを宣告されたとき、すでに医者も治療を見放すほど深刻な病状だった。痛みと体調の不安のために断念した伊・ナポリ旅行。妻とたびたび訪れた、伊豆への温泉旅行。そして、末期がん患者のほとんどが最後に行き着く民間療法や宗教へのこだわり…。がんと真正面から向かい合った一人とその家族の現実を直視した生活が淡々と記されている。 妻に車いすを押してもらいながら出かけた、千鳥が淵の花見。帰りがけに立ち寄った靖国神社でひいたおみくじが「大吉」と「中吉」だったという。 「いったいこれからどんな展開が待っているのだろうと心がはずんだ」 これが最後の文章となった。4月6日の出来事である。 それから3か月余。最期に至る100日余の闘病生活の言及がないことが、実に辛く悲しい。この病気の怖さ、新山さん家族の辛さを思うと、胸が痛む。結末がなければ完結しないというのは、あまりにも残酷だ。 奇しくも同じ亥年生まれ。戦後を生き抜いてきた、団塊の世代だけに、他人ごとではない。医学の進歩でがんも直ることが多くなったとされる昨今、余りにも短い闘病生活であった。ご苦労さまでした、という言葉しか思い当たらない。外は雨。合掌。 (2003.7.12記) Back | Front | Next Copyright The Hatogaya Com |