泊り明けの10月21日午前9時15分、千代田区丸ノ内の会社を出た。前夜の雨も上がって快晴。湯島の地下鉄出入り口近くにある、讃岐きうどんの店で朝食。たぬきうどんにお稲荷2個を食べる。湯島天神=写真左=に立ち寄ったあと、約25キロ先の埼玉県鳩ヶ谷市の自宅に向けて出発した。営団地下鉄千代田線の上を走る不忍通を歩く。不忍池そばの東天紅=写真下=わきを通って、台東区から文京区入り。根津から千駄木辺りでは、散策する中年男女の姿が目立つ。区の呼びかけによる「下町まつり」が開かれており、地元商店会発行の手作りの地図片手に商店街を歩く人もいた。 ![]() 団子坂下から、右に折れると西日暮里駅に出る「道灌山下」をそのまま直進。にぎわう商店街から落ち着いた町並みを抜けて、本駒込の「いなり坂」を登る。本郷通の「上富士前」交差点を右に折れてJR駒込駅方面に。豊島区に入る。左手には、商店街の家並みの間に六義園の緑が見える。JRに架かる駒込橋を越え、買い物客でにぎわう古くからの商店街に出る。 ![]() 「霜降橋って粋な名だな」と思いながら、にぎわう商店街を抜け、北区西ヶ原の旧古河庭園にに出た。正門が開放されていた。カメラ片手の人たちが入っていく。バラが咲き乱れ、この日から庭園が一般開放されたのだ=写真左=。高級カメラを持ったプロやアマチュアのカメラマンがひしめき合いながら、多彩なバラを撮影していた。 滝野川警察署前の本郷通には「一里塚」の石碑があった。上下斜線の中央に、松並木が申し訳なさそうに数本あるグリーンベルトがあり、そこに、排気ガスにまみれた石碑が建っていた。歩道に立つ説明板によれば、日本橋を起点に一里ごとに一里塚を設けた。この場所が、日本橋から二つ目の一里塚という。つまり、日本橋から8キロというわけだ。 ![]() 間もなく、右手にこんもりとした緑の飛鳥山公園に出た。渋沢資料館、博物館を通り、JR線が望める東側に展望台があった。JR線の奥に荒川区や足立区の街並みが広がっている。展望台には、木製のテーブルが5基ほどあり、家族連れや散策の夫婦たちが弁当を広げていた。ここで大休止。歩きづめで腰も痛くなっている。自販機の缶コーヒーを飲みながら靴を脱いで休憩した。 スニーカーのひもを緩めて30分ほど、両足をゆっくりと休めたあと、区民祭りで不用品バザーが行われている公園を抜けて、JR王子駅前に出た=写真上=。クリーン燃料として最近、脚光を浴びている、昔懐かしい都電をしばらく駅前の歩道橋の上から眺めたあと、営団地下鉄南北線の上を走る北本通を北上。「東京水辺ライン」の文字に誘われて、地下鉄王子神谷駅近くから東に折れて、高層の公団住宅わきから隅田川に出た。隅田川を行き来する観光船の発着場があった。環七(環状7号線)の新神谷橋近くの川面はごみで汚れていた。 ![]() 新神谷橋から、川口市の高層マンション「エルザタワー」が望める。車の排気ガスが立ちこめる環七の歩道を歩いて足立区入り=写真右=。ダンプカーなどの大型車が通過するたびに体があおられ、恐怖を覚える。都県境の鹿浜橋に出た。左手には都営団地群があり、目の前に埼玉が広がっていた。 2キロ先にあるエルザタワーの長い影が川面に浮いている=写真下=。首都高川口線の高架の下に足立区の都市農業公園の緑とレストランの屋根が見える。鹿浜橋のはるか下では釣り人が糸を垂れ、散歩の人がびくの中をのぞきこんでいた。 ![]() 橋の中央で、埼玉県入り。橋の東たもとから左に折れて土手沿いに公園のレストランを目指した。土曜の午後とあって、レストランは混雑していた。遅い昼食のかつカレーを食べながら、40分ほど休憩した。 レストラン西側に水門がある、新芝川の土手のサイクリングロードを歩いて約8キロ先の自宅を目指した。新芝川のあずま橋で土手を下りる。自宅まで約2キロ。橋に着いたとたん、疲れがどっと出た。先が見え、緊張感が抜けたのだろう。新芝川の土手で10分ほど休んだ。 自宅到着は、午後3時25分。歩行距離は27キロ、約6時間の行程だった。最後の20分間がきつかった。 (2000.10.21) Back | Front | Next |